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偶然が示すもの  

141008_百年蔵

今日の地鎮祭は格別だった。「ちょうど三年前の今日、10月8日にこの百年蔵で火災があり、そしてその三年後に、新しい敷地での新しい酒蔵の地鎮祭を行うことになりました」の社長言に、私達工事関係者は唖然とした。今日という日取りは、建築吉日(いわゆる大安)の候補として偶々挙がり、確認申請やら、見積書の都合やら、その他関係者の都合にかけてこの日となっただけであって、三年前のあの日のことが微塵もよぎることはなかった。(余裕がなかった)

そうか、三年前のあの日か、という発見と共に、そこからの再生の小節の移り変わりとして、とても重要な日という風に考えを改められた感があった。非常にネガティブなことが三年前の今日に起こり、そこからせっせと、気持ちと、モノモノを建て直し、気がつくと、酒造設備の増強と再整備という、非常にポジティブなステップが、今日から始まったのだ。(もはや「再生」ではない。)

まるで1人の人間の人生のようだ。悪いときもあれば、良い時を迎えられることもある。また、求めざることも起こるだろうし、そして、またそれを乗り越えていく。三年が経っているから、あの土曜日は3日早まり水曜日になってはいるが、地球はあの時から太陽のまわりをちょうど三回転した。見えない大きな物語を、私達は描いているかのようだ。




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Posted on 18:39 [edit]

category: 百年蔵の再生日記

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ガラス瓶風景の転生  

140918_百年蔵
博多百年蔵は紛れもなく、生産施設である。ただし、酒造エリアの核は、来訪者の視界から見えぬ先にあるから、しばしば、「かつて酒蔵、今は純然たる観光酒蔵」と誤解を受けることもままあるらしい。本来、生産施設、特に食品工場ともなると、基本、来訪者はシャットアウトされる、禁足地である。百年蔵も以前は硝子越しの酒造場を構えていたが、いつしか自然の成り行きで、それらは取り払われている。
近頃は、某工場見学ツアーが頻繁にあるから、多くの人が様々な工場内を知る機会も多いと思うが、私のつたない工場遍歴からすると、特に観光や集客機能を備えた食品工場については、なかなかハッとする場に出逢うことがない。残念ながらテレビカメラから覗く様々な生産ラインのドキュメンタリーの類の方に、よほど関心する。

硝子張りの向こうに公開されている風景では、その製品や商品の全行程を見ることが出来ず、最も生々しい部分は隠され、最もクリーンなイメージの一コマだけを見せられている感が否めない。美しい機械類が湯気を出しながら働いている状況などにはついぞお目にかかることはなく、飾りになってしまったかのような静まりかえった状態、あるいは静かになにかが貯蔵されている風景か、それとも客が見ていぬ間しか可動しないのではと想像力を働かせるばかりになる。

つまりは実際の臨場感には、なにかにつけて至らないのである。本当に愉しい工場見学とは、おそらく真正面から入る客(ガラス貼りの向こうから)ではなく、裏口から進入する客でなければならないのかもしれない。防塵服を着て、マスクして、原材料の移動に寄り添って歩く意外にはない、ということになる。

その生産施設が、接客空間を持った場合、どのような表現がいいか。生産工程がそのまま絵になるのが一番なのだが、上記のとおり、基本的に矛盾する。かとって全く無関係なスタイルの構えは、いうまでもなく論外。どこかで生産行為の臨場感と繋がっているような感覚を覚ますことができれば、おそらくそれが理想だ。

ということで、ちょっとした目隠しの用足しに、ガラス徳利のディスプレーを制作した。最初のイメージは、試験管の羅列だった。酒造工程の風景の中で、酒母の純粋培養と保存のために並んでいる三角フラスコや試験管がそのまま多数くり返されたら、ディスプレーにならないかと思った。しかし、これが酒造と繋がって見えるのは、その道の人だけであって、普通の人には、解らないだろうとのことで却下。ならば、お酒を入れる透明な300ml瓶などを並べたらどうかとなったが、リアリズムすぎる。そこで、ガラスでできた透明の徳利を、そっくりそのまま試験管や酒瓶と取り替えたらどうかということになり、この様。

はからずも、酒造工程のどこかでみた瓶の羅列のようでいて、ずばりそのまま現実主義とも違う一角ができた。ちなみに、2種類の計80本の瓶が、レーザーカットによりくりぬかれた鉄板にキチキチの寸法で入るという想定が、つつがなく成功するかどうか、ハラハラであった。

出来てしまえばなんてことないのだが。
140609_百年蔵


Posted on 10:30 [edit]

category: 百年蔵の再生日記

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酒桝チェアー  

140626_takasagochair.jpg

酒桝チェアーを納品しました。
写真には写っていませんが、本革のクッションが座面に載り、そして、前面には既に2年前から稼働中の酒桝テーブルが、本番では配置される予定です。
椅子、テーブルあわせて700個の酒桝でできたものです。

テレビで、酒桝を造る職人が現代を生き抜こうとしている姿を見て、思いつきました。

Posted on 19:28 [edit]

category: 百年蔵の再生日記

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表面材がつくる世界  

130917_百年蔵

建築は構造体の存在感をもってして建築なのだと思うが、実は、構造体そのものよりも、仕上げ材の表面積の方が大きいということに気付く。その表面材のいかんが、空間の雰囲気を決めてしまう。百年蔵は、かつての工場建築だから、上部を見れば、構造体があっけなく大胆に空間を占めているわけだが、それでも、空間の目線ラインは、おおむね表面材によって空間が決定づけられているといってもいい。
建築は、人間と同じく、まずは衣服や化粧によってその世界を構築していることになる。いってしまえば、表面材がつくる世界である。木や鉄骨などの軸組造であれば、多かれ少なかれ、ハリボテということになる。家具建具もそうである。中身と外見が一つの素材で一体である=無垢材で構成されている、ということはますますあり得なくなってきている。そこまで、言い切ってから、ではその表面材にこそ世界が託せるのではないか、となり、素材に対する感覚が生まれる。
百年蔵のオリジナル素材は言うまでも無いが、現代建築にはない重量を持っている。土蔵造りの漆喰、地松の梁材、5〜7寸柱材、レンガ積みや石積みの基礎・・。そこにちょっとでも軽いもの、例えば住宅用のアルミサッシなどを持ってくると、もってこられたものがかわいそうな程に、軽率に見えてくる。あるいは、杉材に着色するときも、オイルステインやキシラデコールなどをぺらっと一回塗るようでは、これまた貧粗に見えてくる。100年の星霜を重ねた木材たちに手も足も出ない、という感じに見えてくる。そのあたりに注意を払いながら、表面材によってできる世界をなんとか築こうとしてきた。たかだか8年しか経過していないから、今はなんともいえない。せめてあと20年ぐらい経ったらどんな世界に育っているだろう、と想像をしてみたくなる。<写真:壱番蔵2006/真鍮の扉>



Posted on 17:38 [edit]

category: 百年蔵の再生日記

thread: 建築 - janre: 学問・文化・芸術

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夏の終わりの、調和  

130905_百年蔵
灼熱地獄の夏が過ぎ、百年蔵の夏工事も一旦終えて、塵埃が洗われ、蔵に涼しい風が吹き込んできた。今回は売り場を中心とした合法化のための工事と、レイアウトの変更工事を伴った。私が関わり始めてから、レジカウンターは3度目の位置変えとなる。今回のカウンターはこれ以上の相応しい位置はないだろう、と思わせるほどに、うまく鎮座したように思う。
それまで新規相談の段階からキャパアウトしていた不備を改善するため、ブライダル相談室も拡張された。新しいカウンターと背面収納がこれから新しい生活を始めようとする若者を迎えようとしている。素材はここの工事に通底して変わらぬ杉材。但し、木材や漆喰のストライプなどが表す縦ラインのプロポーション(比率)については、互いに違えながら空間全体で和声するよう考えている。着色はワトコオイルと亜麻仁油の塗り重ね。重ねるほどに深みが出る。重ねなければ、白々しく薄っぺらい着色になり、年輪を重ねて自然に色づいた古い木材にまったく太刀打ちできず、不調和となる。このあたりをテキトウに済ませると、数多の「古民家風」で見かける嘘くさい年季と変わらぬものになる。
設計者は油を塗り続ける不審な風景を承知で、作業を断行することになる。
帰車内のラジオでは、井上陽水と玉置浩二が、「夏の終わりのハーモニー」を宣言していた。

Posted on 19:58 [edit]

category: 百年蔵の再生日記

thread: 建築 - janre: 学問・文化・芸術

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